豊臣五大老の一人、宇喜多秀家が築城しました。黒い下見板によって城全体が黒っぽく見えることから別名「烏城」ともいい、威風堂々とした姿をしております。元和・寛永年間に建てられた隅櫓及び慶長八年に築かれた西丸西手櫓とともに国の重要文化財に指定されています。
水戸の偕楽園、金沢の兼六園と並ぶ日本三名園の一つです。岡山藩主池田綱政の命によって造営され、元禄年間にはほぼ完成したといわれています。岡山市街をゆるやかに流れる旭川の水を引き入れた遠州流回遊式庭園は、日本庭園としては珍しい芝生が敷き詰められ、陽光にきらめくさまはおだやかな瀬戸内海の情景を思わせます。
武者小路実篤や志賀直哉などと雑誌「白樺」を発刊し、白樺派の中心作家として明治大正の文学史に足跡を残した人物です。生家は寄棟造り棧瓦葺きで、土蔵と下男部屋を併設した長屋門は大正時代に藩政期の残務処理のために建てられたものです。
夏は新緑、秋は紅葉が美しい旧足守藩主木下家の庭園です。江戸時代前期に造られたと推定される庭は、遠州流の池泉回遊式で、足守川の水が引き込んだ池には鶴島、亀島が配されています。池のほとりには数寄屋造りの吟風閣が建ってます。
旧足守木下藩2万5000石の家老職として永く続いた杉原家の屋敷です。白壁の長屋門をくぐると、正面に構える母屋をはじめ、内蔵、便所、湯殿、土蔵があり、武家屋敷の形態をほぼ完全に近い状態で残した貴重な建物となっております。
吉備国の総鎮守である吉備津彦命を祭る、県内最古にして山陽道屈指の大社です。仁徳天皇の時代に創建されたといわれるが、現在の社殿は応永32(1425)年に再建されています。神社建築の傑作に数えられ、独自の形式を持つことから「吉備津造り」と呼ばれる本殿や拝殿はともに国宝に指定されています。
備中国分寺五重塔は県内唯一の五重塔で高さ34.4mの丹塗りが美しい塔なっており、吉備路のシンボルです。寺の創建については奈良時代に聖武天皇の勅願によって全国に建てられた国分寺の一つといわれ、現在の建物は江戸時代に再興されております。
岡山城・岡山後楽園通りに面した鶴見橋のたもとに構える工房は、備前焼作りを気軽に体験できるスポットなっております。建物は周囲の風景に溶け込む明治時代の商店を改装したものです。
仁徳、応神、履中の三天皇陵墓に次ぐ全国4番目の大きさを誇る前方後円墳です。全長約350m、高さ24mあります。
岡山城・岡山後楽園外苑にあり、岡山県にまつわる古代や近世の資料、備前焼や刀剣を展示しております。
ばらずしは藩の節約令を逆手にとり、器の底に様々な具を敷き込んだのが始まりです。海山の幸を豊富に盛り込んだ豪華さが身上です。
江戸初期から武家の技術として伝わる優美な姿と上部のむら雲には画題にちなんだ歌句がデザインされています。
岡山県の山間は古来から知られる木材と漆の産地です。備前で発達した漆工芸や木彫の集大成が鳥城彫りといわれています。
日本六古窯のひとつ備前の焼き物は、うわぐすりを用いぬ質実とした美で多くの茶人文人などを魅了する炎の芸術品です。
ままかりの由来はその美味しさはママ(飯)を借りるほどということから名づけらといわれています。握り寿司のほか、素焼き、酢じめにとどれも逸品ぞろいです。
管理の行き届いた専用温室で一玉一玉を大切に育んだ高貴な味の宝物です。岡山産メロンは網目模様がとりわけ美しいと評判です。
エメラルド色の美しい姿と馥郁とした香りです。芳醇で濃密な味わいはまさに果物の女王の名にふさわしい一品です。
もちろん桃の味覚も逸品ばかりです。様々な品種の中でも清水白桃は、味、姿ともに天下一品のものです。
総桃太郎の鬼退治といえばこのきび団子。飽きのこない淡白で素朴な甘さは、いつまでも変わらない味です。